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fylgð

 

 クリスマス・パーティーだった。
 村じゅうからひとが集まって、焚き火をし、鍋をつつき、ツリーにオーナメントをつける。
 改築したばかりの、古い民家でやった。
 こどもたちが庭先で走り回っていた。そのうちのひとりと、わたしは友達だった。名前はフレイヤ。歳は十。自分のことを「ぼく」と言う。ほかの子たちと遊んでいたかと思うと、隅っこにごろんと寝転がり、畳の上で本を読む。
 彼女がそうするとき、わたしはよこからのぞいて、読んでいる本をたしかめる。
「それ、面白いよね」と声をかけ、うろ覚えのなかから、よかったと思うところを挙げる。
 すると彼女は、はっとして顔をあげ、わたしを見つめる。
 それから、いま自分が読んでいる本のことについて、しゃべりまくる。ほかの大人が「ご本ばかり読んでいないで」と言うときには、うーんと生返事をするばかりだが、わたしにはよく話してくれる。
 だからわたしは彼女のために、クリスマス・プレゼントを用意した。真鍮の指輪だ。わたしが子供のころ、両親からもらった。大きくなるうちに、つけられなくなった。鍛冶屋に頼んで、広げてもらおうと思っているうちに、なくしたものが、何年ぶりかに出てきたのだ。
 
 だけどわたしはその指輪が、ほんとうには存在していないことを知っていた。源泉は、そうしたところにある。そしてわたしには、もう充分だったから、誰かにあげようと思った。それで、フレイヤのことを思い出した。
 あの世とこの世をいそがしく駆け回る少女にこそ、こうした贈り物はふさわしいと思った。
 しかし、その気持ちにいたずら心がなかったといえば、うそになる。わたしは、ただ、こうしたものに、彼女がどんな反応をしめすのか、見てみたかった。
 むろん、責任ある大人として、お祓いはしたけれど、簡易にすませ、本式にやらなかったことは、わたしの手落ちである。
 フレイヤは指輪を右の薬指にはめると、すぐに言った。
「へんな感じがする。これ、磁石?」
 わたしは驚いて、ちがうけれど、そう感じるあなたの才能はすごい、と言った。
「ふうん」と言って、彼女は指輪を外そうとした。
 しかし、わたしは、好奇心に屈して、彼女の薬指を指輪ごと、じぶんの手で包みこんだ。
 それから、あいたほうの手で、彼女の手のひらを探り、血脈の流れを調節した。
「おお。なんだか、すっきりした。ぴったりくる」と、彼女は言った。
 それで、わたしはたまらなくなって、聞いた。
 ある聞き方をもちいて。
「あなた、好きな子はいる?」

 彼女は、ちょっと迷ってから、「いるけど、なに?」と言った。
「その子と、ひとつになりたい?」とわたしは言った。
 フレイヤは、うんと頷いた。
 つまり彼女には資格があった。

 わたしはフレイヤをお風呂場につれてゆき、身体のすみずみまでよく洗いなさいと命じ、戸を閉めた。
 出てきたあと、全身を乾かし、彼女の身体に香水を振った。
 古民家のうすぐらい裏手につれていき、遠くなった焚き火や笑い声のはぜるなかで、彼女の髪の毛を一本、取った。
「あなたの好きな子は、きょうのパーティーに来ているの?」
「きてるよ。アルビョーンっていうの」
 わたしは口元に人差し指を立てた。
「だめよ、そんなかんたんに、名前を言っちゃあ」
 フレイヤは、はっとして、わかったふうだった。
 彼女はわたしに言われたとおりに、彼女の思い人がいまいる方向にむかって、その人の名を心のなかで三度唱えながら、手のひらのうえにかざした自分の髪の毛に、息をふっと吹きかけた。
 わたしは、その髪の毛が、台所の磨りガラスごしの灯に照らされて、ほのかに輝きながら地に落ちていくところが見えた。
 それからわたしはフレイヤの手を引いて、なにごともなかったかのようにクリスマス・パーティーに戻った。
 ふと見ると、フレイヤは、ほかの子供たちといっしょに、あたりを駆け回っていた。
 アルビョーンくんはどれだろう、とわたしは思ってしまった。

 それからしばらくのあいだ、わたしは、パーティーで羽目を外しすぎたのだろうと思った。二日酔いが三日酔いになり、一週間ほど経った。風邪でもないし、精霊に脅かされているわけでもないが、わたしの夜の夢の形象に、たしかな変化があらわれていた。
 わたしは苛々し、怒りっぽくなり、自分の部屋を片付けなくなった。これはいけないと、半日かけて、念入りに祓い清めの儀式を行ったが、効果はなかった。
 ここまでしつこい呪術は、生き霊による場合が多い。まさかとは思ったが、わたしはコートをひっかけて、魔女のほうきに――ではなく、もちろん自動車にのって、フレイヤの家まで出かけた。
 わたしの友達でもあるフレイヤのママは、フレイヤがインフルエンザにかかっていることを教えてくれた。
 彼女の部屋に入ると、むっとする熱気がたちこめていた。ストーヴに置いた鉄瓶の蒸気だけが、その原因ではなかった。
 わたしは責任を感じた。
 わたしはベッドに伏せている、熱をもったフレイヤの手をにぎった。
 手の中で、指輪だけが氷のように冷たかった。
 わたしは、うなされているフレイヤの髪を一房、はさみで切り取り、それをもらって、部屋を出た。
 帰り際、フレイヤのママに、アルビョーンくん、という男の子について尋ねた。
 すると、彼女は言った。
「去年のクリスマスに亡くなったわ」

 身体は重かったが、やるしかなかった。海と山のほかにはなにもない村だが、そのぶん材料は純粋だった。わたしはススキ、イラクサ、シダ、マツを持ち帰り、香炉箱をひっくりかえし、円陣を描き、子供のころ飼っていた猫の頭蓋骨、鬼の面、清めの塩などを指定の方位に置いて、呪文を唱えながら、その周囲をぐるぐると回った。幸運にも月は上弦だった。わたしはラベンダーの香りをつけたお湯で沐浴し、身体を乾かしてから香油を振り、円陣のなかに入って、潮が満ちるのを待った。
 そしてわたしは夢のなかに入ることができた。
 それがフレイヤのものだという確証はなかったが、これだけの強度をもった夢を描くことができる者は、フレイヤしかいないように思われた。
 わたしは妙な服を着ていた。布と布との縫い目がふつうでなく、シルエットも独特で、どの文化圏のものとも言いがたい。わたしは腕をあげたり、足をあげたりし、フレイヤの現実理解の独特なシンタックスを眺めた。
 それで気づいたが、わたしの身体は、男の子のものに近づいていた。はっきりとしたそれではないし、女の子のもののほうがはっきりしている。だが、それはまだある。両性具有というより、未分化だった。これがどのような経過をたどるのか、また時間をおいて確かめてみたいと思ったが、そんなことを気にしているばあいではなかった。わたしはちょっと気にしながら、やや大股に一歩を踏み出した。
 とたん、目の前の芝生の地面が、「ぎゃっ!」とうめいた。わたしはあわてて後ずさり、しばらく見つめたあと、おなじところをまた踏んだが、こんどは何事もなかった。
 わたしは探検をはじめた。
 大地は、いくつかの奇妙なセクションに分かれていた。尾根、渓谷、沼沢地とよべるものがあったが、いずれも現実のそれとはかたちが異なっていた。大木の洞は目だったし、大岩の苔は体毛だった。霧は哀しみや寂しさで、霧それじたいが、そのなかから誰かのはっきりとした姿があらわれることをこいもとめていた。
 山中から見た村は、わたしたちの村によく似ていたが、入ってみると、奇妙な違いがあった。思いがけないところで通りがつながったり、まったく空白の部分もあった。地名だけは理解しているが、実際には行ったことのないあたりだろう。
 また、村の人々は、それはある意味でフレイヤの反映なのだが、彼女自身がまだ、よく理解していないメカニズムを内包しているから、ことばの道筋がよく立っていなかった。
 しかしそれはわたしにとってのことばであって、彼女にとっては、これがふつうなのだ。
 わたしはわたしの姿形を保つために、踊りをした。フレイヤの心理はあまりにもすばやく、動いていなければ、わたしが溶けてしまいそうだった。するとわたしに、人々が集まってきた。
 あるいは彼女の身に、かつてそんなことがあったのかもしれない。

 幼子が鏡を見て、これが自分か、と気づくような瞬間があった。
 それでやっと、わたしはフレイヤの世界と釣り合うことができた。
 わたしは重力をやめにして、高いところにのぼり、フレイヤを見下ろした。それはタルコフスキーの『ソラリス』のラスト・シーンみたいに、原形質の海のなかにぽっかり浮かんだ彼女だった。彼女にとって大切な部分は大きく描かれ、そうでない部分は省かれていた。
 そのようにしてわたしは、いま、彼女がどこでなにをしているのかを見ることができたが、それはわたしの見え方にすぎなかった。
 迷ったが、導くことに決めた。
 この領域で彼女をひとり歩きさせるのは、非常に危険なことだけれど、それでもこれは、彼女がみずから学ばねばならないことだった。
 わたしはフレイヤにむかって語りかけた。
「還してあげて。もといたところに、彼を」
 とても神々しいものが応えた。
「どこへ?」
 わたしはすこし迷ってから、決然と言った。
「あなたのもとに」
 指輪をはめた白妙の手が、ためらいがちに海に手をいれた。
 なにかが、彼女の手を握りかえした。
 そしてふたりの手はごうごうと流れだし、それそのものが循環をはじめた。
 地形が変わり、野山が、兎が、もうもうとたちこめる霧のなかから姿を現した。
 ひとりの少年が川のほとりにいて、眠っていた。
 彼女は船そのものとなって彼を抱き留め、また流れそのものとなって、彼を霧のむこうへと運んだ。
 わたしは目を覚ました。
 わたしは泣いていた。

 新年を祝うパーティーで、フレイヤと会った。もとどおり、元気になっていた。彼女はわたしを見るなり、おお、と言って、どこかへ駆けていき、戻ってきた。
 なにかを差し出すから、見ると、指輪だった。
「これ、かえす」
 わたしはすこし迷ってから、答えた。
「ひとりで眠るのは、こわい?」
 彼女はうなずいた。
「こわいとき、この指輪をつけて」とわたしは言った。「そうして、夢をよく見て」
 すると彼女は、わたしの胸に顔をうずめて、しばらく泣いた。それから、顔を離して、わたしのハンカチに顔を拭われたあと、指輪をつけて、またどこかへ駆けていった。